行きつくところまで

 現実がままならないと、ついスピリチュアルに頼りたくなる時がある。そうなった時点ですでに奈落への道を歩み始めている。スピリチュアルに洗脳されてやがて抜けられなくなる。

 参考までに意見を求めてみるくらいならばいいが、運命を好転させるためにといってお金を貢がされるようになったらもう終わりだ。自分の人生ではない人生を歩まされることになる。

 スピリチュアルというのは、自分の向かっている方向を確かめるために、ときどき空の星の位置を知るようなものではないだろうか。だが今の時代は確かに、地上に人工の光が多すぎて、星の位置さえ分からない。まがい物の光の中をさ迷っているうちに人生が終わってしまいそうだ。

 「男はまず一人前に稼がなきゃだめだ。スピリチャルとかに詳しくても、まともに生活できないようじゃ話にならない」と言って、叱ってくれるような人も少なくなった。「男は」とか「一人前」とかいう言葉自体が、そもそも言えないような時代となっている。

 スピリチャルを正しく理解すれば、経済的に自立した生活を築いていくことと矛盾しないように思うのだが、やはり世の中が複雑になりすぎたのかな。仏壇に神棚があって、贅沢はできなくても衣食住に不自由はしない生活。

 今さらそこに戻れない以上、いったんは行きつくところまで行くしかないのかもしれない。いや、もうすでに一部は行きついているようだ。こんな物質的に恵まれた時代に、貧困がはびこって衣食住にこと欠き、年間数万人の自殺と孤独死があふれる現状。これからさらに大量失業の時代が来るのか。