猫のくせに(1)

  猫が人間の魂胆を読むというのは分かる。露骨に悪意を持っている場合は言うまでもなく、道端で出会った猫をつかまえてやろうとか、ちょっと毛皮にさわってやろうとか思って近づくと、たいていは逃げられる。

 人なれして警戒心がゼロみたいな猫は別だが、だいたいの猫は、見知らぬ人間に対して、いつでも逃げられるように一定の距離を保っている。

 魂胆ばかりでなく、人間の能力についても猫は見極めるものらしい。とくにその人間がどの程度の運動能力を持っているかということを、かなり正確に見積もって計算しているような気がする。

 これは30年近く前の、まだ中学生だった頃の話だが、九州の田舎の実家の周辺には野良猫がごろごろいて、家猫に交じって餌を食べに来るのだが、中にひときわ体の大きなぶち猫がいた。

 このぶち猫は、餌を食べにくるばかりでなく、時に堂々と家の中に入り込んで、それこそ「お魚くわえたどら猫」を実写化したかのようなことをしでかして、怒った母親に箒で追い払われていた。

 だが自分や弟といった中学生の男子がいるときは、決して家の中までは入って来ずに、姿を見ただけで逃げ出していたのだから、明らかに人間を差別しているのだ。

 ある日、外で洗濯物を干していた母親が、「猫のくせに、あたしのことを馬鹿にして、本当に腹が立つ!」と言って、悔しそうに家の中に戻ってきたことがあった。聞けば、洗濯物を干している母親のすぐ脇を、例のどら猫が堂々と通り過ぎて行ったという。

 その姿があんまり腹立たしいから、庭の石ころを拾ってどら猫に投げつけたら、見事に太ったおなかに命中して、石がぽんと跳ね返ったそうだが、どら猫は馬鹿にしたような顔をして、何もなかったかのように立ち去って行ったというのだった。

 じゃあ敵を取ってやろうと、家の中から飛び出していくと、少し先を歩いていたどら猫が振り返って、全力で藪の中に逃げ込んでいった。これなどは、完全に人間の能力を見極めて、大したことがない相手に対しては露骨に馬鹿にした態度をとっているわけだ。