プロレスの話

 元WWEスーパースターのニック・ネメスが、IWGP・GLOBALヘビー級王座を獲得した、といっても、一般の人には何のことだかわからない。もちろん、女房にそのことを言っても、ふーんといっていつものように無視される。だから野良ネコに話しかける以外は相手がいなかった。

 この話を伝えて理解してくれるのは、世間の片隅にいる一部のプロレスファンだけだろう。職人の世界に転職してよかったことは、身近にプロレス話をできる人間が数十年ぶりに出現したことだ。しかも一度に複数人も。

 しかし、職人たちが話すのは日本のプロレス界の話がほとんどで、アメリカのWWEにまで情報をはりめぐらせているいる人間はさすがにいなかった。ここでも相変わらず孤独である。

 ところでニック・ネメスだが、WWEではドルフ・ジグラーという名で何度も世界チャンピオンになっているアメリカのスーパースターだ。映画俳優にしてもいいくらいのいい男で、とびぬけて強いとは思わないが、闘い方に男の色気を感じさせる魅力的なレスラーだ。

 それが昨年9月にWWEを解雇になって、新日本プロレスに新たな戦いの場を求めてやってきた。年齢的にも43歳で、第一線で活躍する最後の機会だろう。本人もその意気込みだ。そして2月の札幌大会でIWGP・GLOBALヘビー級王座をみごとに獲得した。

 プロレスをただの八百長と見る向きもあるが、殺し合いではないのだから、相手に致命傷を負わせたり、再起不能なけがを負わせたりするようなことはしない。そこは暗黙のルールがある。怪我をさせるのは下手なレスラーで、あんまりひどいと業界から追放される。

 そしてビジネスでもあり、エンターテインメントであるのは確かだから、闘いというものを見せなければならない。戦いを芸術にまで高めようとしたのがアントニオ猪木だった。ただ強い者が勝つだけの面白くもない試合は、目の肥えた日米のプロレスファンからは見向きもされない。

 もちろんプロレスラーは強いことが前提だ。そうでなければ夢がない。面白さだけだとお笑いになってしまう。だが強いだけでもスター選手にはなれない。ニック・ネメスはそういう意味でも超一流の選手だと思う。彼が来てくれたおかげで、プロレスを見る楽しみが増えた。あとは身近に理解者を増やしていくだけだ。