猫と散歩

 散歩の途中に猫を見かければ、つい立ちどまって呼びかけてみる。そしてチュールを手にしていなかったことを悔やむ。五十代も半ばになって、もう何度この失敗をくりかえしてきたことか。しかし、猫に出あうかもと前もって期待して、散歩に出たときは、たいてい猫に出会わない。

 必ずそこに猫がいるからと、そう思って散歩に行くのも嫌なのだ。散歩に行くときはいつも思いつきで、行きたいところに行く。この東京の下町は、路地がめぐりに巡っていて、とても懐かしいような思いがけない風景にふいに出会ったりする。

 過ぎ去った時代。かつての生活の名残り。やはり昭和を思わせる雰囲気が一番胸にくる。互いに旅人のようにすれ違う人々。そんな思いに浸っていると、ふいに猫が足元を通り過ぎる。

 少し先に立ち止まって、こちらをじっと見る。近づこうとすると逃げていく。そんなときチュールでも携帯していれば、猫をだまして招き寄せて、かわいい頭か背中を一撫でできたかもしれないと少し残念に思う。

 しかし、いい年をした男が、猫のえさを手にぶら下げて散歩するのもどうか。そうなったら、散歩の目的が猫を探すことばかりになってしまうのではないか。正しく散歩をするためには、やはり猫と親しくなりすぎてもいけないのだ。